10月17日の日記
10月17日の日記
10月17日の日記
26年目にしてやっと着工するという上関原発の用地の埋め立て用ブイ設搬
出を止めるためにブイの置かれている田名埠頭という隣町の岸壁で上関町祝
島の人たちが泊り込みで監視活動を続けているところへ行き11日から、一
晩泊まってきました。(車中泊、明け方寒かった。めっきり冷え込んでいま
した)

ここには支援をしようと若い人たちを中心にカヌーで会場阻止をしようとい
う人たちも泊り込みでテントで寝泊りして支援をしています。ここには支援
の差し入れなんかもあって結構、豊かな食生活だと言ってます。(余談)

祝島のご老人で福島原発に働きに行っていた方が居られて、話を聞くことが
出来ました。(たまたま)その方の話を放送に出した人が広島の民放で居た
そうですが、中国電力からクレームがついたという話。その後、その記者は
地方へ飛ばされたと聞いたと話されてました。全く、マスコミというものが
どれほど核に汚染されているのかということがこうしたことから垣間見えま
す。

ただ、この方の経験が原子力発電所の真実を島の人たちに伝えることになっ
たのでしょう。真実は何れにしろ明らかにされるのです。でも早いほうが良
い。 情報が閉じられないこと、共有化されることが必要だと思いました。

さて、日曜夜のNHKスペシャルの「原発解体」は推進派にとってはかなり
痛い問題だったことでしょう。兎に角、最終処分が決まっていないという問
題を突きつけられた形だから・・・。結局、これはすべて若い人たちへと先
送りされるという問題が全国放送で見せられてしまった訳だから堪らないと
思います。

でも、これは決して先送りしてはならない問題なわけで致し方ない話。むし
ろ、こうした問題がこれまできちんと放送されなかったこと自体がジャーナ
リズムのサボタージュだったということでもあったのではと思います。ただ、
元テレビ屋としては見える形にならないものは「絵にならない」ので放送す
ることが出来ないということ思い出しました。

ジャーナリズムとは本来は、そうした予測される問題を明らかにしていくこ
とが仕事の筈なんですが・・・。

泊まった翌朝、明け方、かなり寒かったが少し風はあるものの穏やかな晴れ
の天気。台風一過、日本列島は一気に秋が深まりました。折角ならディンギー
のヨットを持ってくれば良かったなって思えました。瀬戸内海は、時にここ
の港はほとんどべた凪。これは良い。最高のコンディションだって感じまし
た。

※それこそキャビンつきのセイリングクルーザーならブイが投入される海域
のまん前に停泊、監視活動でもしたいものです。風車と太陽電池にバッテ
リーに携帯電話とパソコンがあればそこから放送だって出せますからね。
そういうのをやりたいものです。ただ、船と機材がいりますからねぇ。何
しろその資金がないのが残念です。推進派はそれで金が出てくるが反対派
は手弁当ですからねぇ。

さて、12日は、政権与党では唯一?、原発反対を掲げている社民党の参議
院議員・近藤正道氏が昼過ぎに視察にやってきてました。現地民放とかマス
コミがわんさか居ましたが、前日の夜にNHKスペシャルで原発解体を放送
したNHKは居ませんでした。(不思議)

祝島のおばちゃんが近藤議員に「祝島の家はみんな東向きに立っちょる。そ
して、海に向かってお日様が上がるのに毎日、手を合わせちょる。それが東
側の対岸に原発が出来たら原発に手を合わせることになてしまうと。そがな
ことはぜったいにしとうない」と、また、ほかのおばちゃんは「子供を4人
育てた。一人には帰ってきて欲しいと行っているが、原発が出来たら返って
来いとは言えない」と訴えていました。豊饒の海、自然の豊かさに支えられ
て生きてきたおばちゃんたちは子供たちが帰ってこられる故郷を守ろうとし
ています。

※橋が出来て本土とつながっている長島の端っこ作られる上関原発はさらに
沖合い4Km西側に祝島です。 朝日は長島のほうから上がるんですよねぇ。

因みに、この埠頭のある地区は人間魚雷「回転」の訓練基地であった場所で
、近くには実物大模型を展示した地域の資料館もあります。また、近くの山
の上には風車が回ってます。 これは残念ながら地元資本で地元の人たちがそ
れを作っているわけではないのが残念です。

現地では中国電力の工事用ブイの搬出を阻止するため、泊り込み徹夜で見回
りと昼間は海上でのカヌーと祝島の漁船による阻止行動が休みなく続けられ
ています。お土産もっていかれると歓迎さると思います。はい。

続いている様なら今月の末に行くときに、今年採れた新米を持って寄ってみ
ようと思っています。屋根の上のきれいな電気畑もこの9月は収穫量が思い
のほか多くて522kwh。自宅で使った294kwhを含めてみてもはる
かに多くの太陽の恵みを人間の社会に導き入れられました。

中国電力の社員が「第一次産業では食えなくなるのだから原発が必要だ」と
言ったとか・・・。私たちは、ここに、そもそも、「第一次産業」が、命を
支える米をつくったり魚を獲って生業とすることが赤字になる今の経済の仕
組みのおかしさにこそ気がつくべきなのに、それに疑問を持つことなく自然
の生産力に支えられた生活者に、それを捨てろといってしまってることが当
たり前の産業資本の奴隷になる仕組みがこの国をまだまだ動き続けてるのを
見たのでした。

ただ、時代は確かに変わりつつあります。ちょっと変な方向へぶれたりもす
るのですが・・・。そうした歴史の流れを見つつ次の時代を構想しつつ、不
良資産を増やさない活動を続けていきましょう。

さて、朝夕めっきり、寒くないました。皆様、くれぐれもお風邪を召されま
せんように・・・。

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