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地球も地域も喜ぶ市民発電 (09/07/01)


自然エネルギー市民の会代表・日本環境学会会長 和田武さん

(わだ・たけし)1941年和歌山市生まれ。65年京都大院工学研究科修了、住友化学入社、75年大阪大学工学博士号取得、80年住友化学退職、大阪経済法科大助教授、87年教授、91年愛知大教授、96年立命館大教授、2004年自然エネルギー市民の会設立、代表に、06年立命館大特別招聘教授、08年立命館大退職、09年日本環境学会会長。「飛躍するドイツの再生可能エネルギー」(世界思想社)、「地球環境論」(創元社)、「新・地球環境論」(同)、「環境と平和」(あけび書房)、「地球温暖化を防止するエネルギー戦略」(共著、実教出版)、「21世紀子ども百科・地球環境館」(監修、小学館)など編著書多数。

 関西の旬の話題をキーパーソンに聞く「編集長インタビュー」。今回は、市民の手で太陽光や風力といった自然エネルギーを活用して発電する活動を続けている自然エネルギー市民の会代表、和田武さんに登場してもらいます。和田さんは早くから地球環境の保全について研究し、自然エネルギーの活用を訴えてきました。その研究に基づいて、実際に市民が中心となって発電施設を造っています。最近では関西で初めての市民による風力発電を京都・丹後半島で計画し、7月には環境影響調査(アセスメント)の最終報告が出る予定です。和田さんに、自然エネルギーが持つ可能性や市民が発電施設を造る意義などを聞いてみました。

計画策定から住民参加
――丹後半島で風力発電をやろうと、調査をしていますね。

 「京都府伊根町と宮津市の境にある一寸法師山で風力発電をするためのアセスメントを行いました。企業がやる場合と違って、事業計画策定の段階から地元の人たちにも参加してもらっています。昨年の6月に地元の住民を交えてワークショップを開き、風力発電への期待や問題点、アセスで調べるべきことなどを話し合いました。9月には京阪神方面の応援も含め市民60人が参加する植物・動物調査を行い、その後も鳥類や景観・騒音などの調査を計6カ月にわたって行っています。今年2月に140人が参加して、市民フォーラムを開いて中間報告を行い、そこで出た意見を基にさらに調べるべきことを詰めました。7月の最終報告に反映されます」

 「調査で、現在の候補地には希少生物が生息していることが分かっています。あと、地域の水源地が近くにあり、風車の建設工事により水源に影響が出る可能性もありそうです。最終報告はまだですが、追加アセスをするとか、建設候補地を移すこともあり得ます」

――風力発電にも騒音や景観、バードストライク(鳥が風車に当たり死傷する)といった問題があります。

 「企業がやると、土地を先に購入して事業計画を決めて、造ることを前提にしたアセスや地元説明会をやりますね。だから地域住民とトラブルになりやすい。私たちの市民発電は地域に根ざした、地域に利益がある、地域が納得する形で進めるのが基本です。資金も地域の人たちに優先して出資してもらいます。丹後でやっている住民参加のアセスでも、希少種の植物が生息していることが分かるなど、アセスに参加した地域の人たちが、改めて地域の魅力を再発見するということも起こっています。造る過程も地域の利益になる、そんな造り方をしたいんですね」

 「そしてアセスの結果によっては計画をやめる、または場所を変更する。時間がかかるかもしれませんが、本当に自然エネルギーを普及させるためには必要なプロセスです」

小型・分散型、だれでもできる

――風力以外にも太陽光やバイオマス(生物由来の廃棄物・未利用物)などを使った発電も進めていますね。こういったエネルギーを使って市民が発電することの意義について教えてください。

 「まず自然エネルギーはその地域で取れる資源です。地下資源のように偏在してませんよね。分散してどこにでも存在している。資源自体は無料か、とても安価です。エネルギーの生産手段は、小規模分散型で誰でも使えるという特徴があり、地域住民が取り組むのに適したエネルギーです。屋根に太陽光発電パネルを置いたり、農家が庭先に風車を建てたりと身近で簡単にできます」

 「市民発電の先進国はデンマークです。1970年代の石油危機を契機にエネルギー自給政策を採りました。政府は北海の油田開発などを始めたのですが、市民たちは風力発電機を建て始めたのです。そういう市民たちが要求して、風力で発電した電力を電気料金の85%で電力会社が買い取り、風力発電の設備設置に政府から30%補助する制度を実現した。風車を建てる人が損をしない仕組みなんですね。それで市民が個人で、あるいは協同組合での設置が進み、今では電力の約20%が風力発電でつくられています」

 「80年代のデンマークの成功を見て、隣のドイツでも91年に『電力供給法』をつくり電力買い取り制度を設けました。買い取り価格は電気料金の 90%です。特にデンマークに隣接しているシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州では電力供給法ができる前から、個人が風車を建て始めていたんですが、買い取り制度ができたことで一気に広がります。私が継続的に調査に入っている北海の埋立地にある160人の村では、初めに40人ほどが市民会社をつくって風車を建てました。最初はリスクがあるとして反対する人も居たんですよ。この辺は平均して風速7メートルくらいの風が吹きます。十分なエネルギーがあるので、今では最初に建てた人たちには年間550万円くらいの売電収入になるんです。この収入のお陰で、農業を続けるのに苦労してきた人が農業を継続できる、風力発電に取り組みながら農業に従事する若者も増えて後継者難が解消される、といった効果が表れます。この村は全員が市民風力発電会社に出資するようになりました」

――自然エネルギーでつくった電力を換金できれば、地域振興の効果もあるということですね。

 「日本の農村では風力だけでなく、太陽光でもバイオマスでもできます。これもドイツの例ですが、畜産農家の多い村で、農家から出た家畜のし尿を共同で集め、発酵で得られるメタンガスを燃料に発電を行い、残った廃棄物を有機肥料にしてまた農家に返す、ということをやっている村もあります。これなんかし尿の処理はできる、発電はできる、有機肥料ももらえると農家にとって一石三鳥です。また別の村では、村の消費電力の10倍を生産する大規模太陽光発電所を、村民全員で羊を放牧する草原に建設しました。新たな雇用を生み出しながら、売電で建設費を10年以内に回収し、その後は村民の収益にしようとしています。日本では食料自給率の向上が必要だとか、農村振興をやらなければと言っていますが、農村にたくさんある自然エネルギーを活用しない手はありません」

普及促す電力買い取り制度

――ドイツなどの例を研究したことで、日本でも市民共同の発電所を造る運動を始めたわけですね。

 「1997年に太陽光を使った市民共同発電所を造りました。滋賀県の福祉施設の作業場に設置して、つくった電力は全量この作業場に通常の電気料金と同じ価格で買い取ってもらうというものです。私たち17人が1人20万円ずつ出資したのですが、当時は太陽光発電に対する補助は個人住宅にはあったのですが、市民共同発電所についてはもらえませんでした。売電収入を分け合って、1年に1人5000円ほどの収入になりますが、20万円の元を取るのに40 年かかりますね(笑)」

 「日本にはドイツのような電力会社にあらゆる自然エネルギー電力をそれぞれ一定の価格で買い取ることを義務付ける制度がありません。電力会社は発電コストの安い石炭火力や原子力で発電したほうが利潤は大きくなります。市民はそういう大規模な発電設備なんかは持てませんが、自然エネルギー発電設備なら持てます。電力購入と同じくらいの負担であれば、環境によい自然エネルギー発電に取り組みたい人は大勢います。ですから、自然エネルギー発電を促進するには、自然エネルギー発電コストに見合った買い取り価格を設定すれば良いのです。企業が自然エネルギーを積極的に採用するには、石炭・石油のコストが基準になり、買い取り金額を市民よりもはるかに多くしなければなりません。社会の財政負担は市民発電普及の方が少なくても普及が進むのです。日本も最近、ようやく太陽光に限って買い取り制度を導入することになりました。半歩前進ですが、他の自然エネルギーも買い取り対象にすることや、買い取り価格や期間も改善する必要があると考えています」

 「また、日本は電気事業者に対して発電量の一定の比率以上を自然エネルギーでまかなうことを法律(電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法=RPS法)で義務付けています。しかし、この目標が低すぎるんです。2003年から施行されたのですが、初年度いきなり超過達成してしまいました。そして超過した分は翌年以降に繰り越せるのです。北海道では自治体や市民も含む多様な主体が申請する発電計画が毎年100万キロワット程度もあるのですが、電力会社は5万キロワットしか買い取ってくれません。このように、日本の法律では普及促進どころか抑制になっています」

地元へ利益還元

――普及させるのは簡単ではない?

 「日本の市民は預金を持っています。今、国民の金融資産が日本は1400兆円もあります。特に高齢者が老後のために貯金しているけれど、今すぐの使い道がないお金がたくさんある。株などへの投資はリスクがあるのでやりたくないが、定期預金の利子くらいの配当が安定して得られれば、『地球環境に良いことをしたい』と出資する人は大勢いるはずです。山梨県の都留市では水車を使った小型水力発電をやっています。市が建設資金の調達のために、市民向けの公募債を1口10万円で募ったところ、募集額の4、5倍も集まったそうです。自分たちの水車でエコに貢献するという感覚ですね。あらゆる自然エネルギー電力の適切な買い取り制度を導入すれば、国民資産が有効活用され、飛躍的に自然エネルギー普及が進むことは間違いありません」

 「地域通貨を使った例もあります。滋賀県の野洲町(現・野洲市)で太陽光発電の設備を造るのに寄付したお金に対して、10%上乗せした地域通貨を発行しています。その地域通貨を、地元のお店などに持って行くと商品の価格の5%から10%を支払える。商店街の商品や農家の有機野菜、漁民のふな寿司なんかに使えます。消費者は現金の支払いがその分減り、割引してもらったのと同じことになりますね。売っている方も割引になるけれど、お客さんが増えるという効果があった。地産地消にも役立つ、そしてエコにもなるという仕組みです」
丹後の風力発電のアセスには地元の住民も参加(自然エネルギー市民の会提供)
丹後の風力発電のアセスには地元の住民も参加(自然エネルギー市民の会提供)
――地元住民への利益還元にも色々な形があるのですね。

 「自然エネルギーを使った発電は地元の人たちに利益があるものでないと普及しません。シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州では電力の35%を風力でまかなっています。ドイツ全体で見ると2008年で14.8%が自然エネルギーによる電力です。デンマークやドイツであれだけ普及したのも、地域住民中心に住民に利益が得られるようにしてきたからです。私は、現地調査に行くと農家がやっている民宿などに泊まるのですが、窓を開けるとすぐ近くで風車が回っていたりします。そりゃ音も聞こえますよ。でも、あの音が自分たちの収入を生んでいるんだ、と思えるから住民は平気なんですね。あれだけの規模を企業主導でやっていたら、文句を付けたくなると思います(笑)」

 「もちろん、市民が企業と協力するというやり方もあります。自然エネルギーを活用する方法は、色々です。どういうやり方であれ、地元住民に利益が還元される仕組みをつくらないと、なかなか普及しないと思いますね。丹後の風力発電についても、地元の人たちの参加と出資を望んでいます。青森で成功している例では、出資者への配当を地域の人なら3%、県内なら2%、県外は1%と差を付けています。丹後の場合もそういうやり方を取り入れようと考えています」

温暖化ガス削減上積み可能

――温暖化防止が地球的課題になってきているわけですが、自然エネルギーの活用で乗り切れるでしょうか。低炭素のエネルギーとしては原子力発電が切り札だと考える人もいますが。

 「確かに現在の日本の政策は原子力を推進しようとしています。しかし、原子力は技術的に未完成だと思います。完全に安全なものではありません。核兵器の原料にもなるプルトニウムや高レベル放射性廃棄物の処理法は確立していません。また地震国である日本は相当危険ですね。中越地震のときに未知の断層が動いて原発に被害が出ました。耐震設計で想定していた以上の揺れが襲っています。狭い国土でいったんチェルノブイリのような事故が起これば国が滅んでしまう危険があります。自然エネルギー設備の事故ではそういうことにはなりません。温暖化防止のため、ほかに手段がなければやむを得ないかもしれませんが、自然エネルギーがあるのだからそちらを活用することを考えるべきでしょう」

 「原子力用燃料のウランの資源量は数十年で使い切るほどしかありませんが、利用できる太陽エネルギーは世界が消費するエネルギー全体の1000 倍以上、風力でも200倍くらいあります。ほかにバイオマス、地熱、小水力などもありますから、資源としては十分あるんですね。適切な電力買い取り制度を作れば、自然エネルギーはすぐ普及します。スペインでは昨年1年間だけで太陽光発電を250万キロワット増やしました。今、買い取り制度を採用する国は急速に増えています。スペインのほかフランス、米国のいくつかの州も本格的な制度を入れていますね。新しい産業や技術を発展させ、多数の雇用を生み出すことにもなります」

――政府は地球温暖化防止で2020年の中期目標として、温暖化ガスの削減幅を05年比15%とすることを掲げました。05年比でみるとEUが13%、米国が14%と削減幅では日本がリードするとしています。この目標設定について、どのように考えますか。

 「基準年を変更することで削減幅を大きく見せていますが、1990年比ではわずか8%の削減にしかなっていません。京都議定書の議長国でありながら、目標達成の努力を怠った結果(編集部注:2005年時点の温暖化ガス排出量は1990年比7.8%増加)を自分たちの都合で利用するという、国際的に見ても恥ずかしいことです」

 「また、麻生(太郎)首相は『これ以上、削減目標を大きくすると国民の負担があまりにも重たくなり、国民にお願いできない』というような言い方をしています。しかし、何もしなかった場合の被害を評価せずに対策コストの多い少ないを言っても意味がないでしょう。英国政府特別顧問のニコラス・スターン博士のチームがまとめ、英国政府に報告した『気候変動の経済学(スターン・レビュー)』では気候変動を軽視すると、今世紀末から来世紀にかけて2度の世界大戦や世界恐慌に匹敵する規模のリスクが生じるとしています。これに対して、コストの方は政府の中期目標検討委の試算でも成長率の若干の鈍化を見込んでいるだけですし、検討委が『高い』と試算するコストも削減手法によって大きく違ってきます。電力会社などの大口排出源への対策も含めて対策をうまく組み合わせればコストも軽くできます。特に市民発電を生かして、すべての自然エネルギーの普及を後押しする自然エネルギー電力買い取り制度を導入すれば、社会全体の負担を少なくしながら、新産業の発展や大幅な雇用創出、エネルギー自給率の向上、さらには地方の活性化や国際貢献などの多くのプラス効果をもたらします」

 「これまで企業や国民の善意にだけ頼ってきた対策を抜本的に見直して、環境税や排出量取引を導入することで、努力する事業者が報われるようになれば、日本として1995年比で25~40%削減することは十分可能でしょう。『環境で世界をリードする』という麻生首相の言葉が実現できます」

【インタビューを終えて】発・送・配電の分離も考える必要

 日本の電力事業は2000年まで独占禁止法上の例外として地域独占が認められてきました。電力供給は莫大(ばくだい)な初期投資が必要な事業だから電力を供給すればするほど費用は低減していく、市場原理が成り立たない、経済学でいう「自然独占」を前提にしていました。しかし、国際的に高い料金が日本の競争力をそぐということもあり、スーパーや工場などの大口顧客向け市場が00年以来、段階的に自由化されてきています。自由化された大口向け市場は市場全体の6割強になりました。それでも既存の電力会社の牙城をなかなか崩せず、新規事業者のシェアは2%ほどです。中には撤退する事業者も現れました。既存電力の「安定供給」を盾にした互いの供給地域や価格帯の尊重といったカルテル的体質や、新規事業者が送電してもらうために支払う「託送料」が割高なことが理由に挙げられます。残り約4割を占める家庭向け市場にいたっては自由化が、先送りされています。

 自然エネルギーによる発電の普及も、この既存電力会社の独占体質によって阻まれている部分が大きいようです。和田さんが話すように自然エネルギーによる発電は小規模・分散型です。独占事業にはなり得ません。本当に普及させるためには、競争原理を大きく働かせる必要があり、またその効果が表れやすいと考えられます。多くの家庭や地域単位で発電設備を持ち、そこで生まれた電力を新規参入した配電業者が買い取るという仕組みをつくって電力価格を下げ、自然エネルギーによる発電を普及させる。普及促進のために、当初は政府による技術開発支援や補助などが必要かもしれませんが、軌道に乗ってくれば自律的に増えていくことが期待できます。

 このためには、単なる市場の自由化だけではなく、既存電力事業者を発電(電気をつくる)・送電(電気を送る)・配電(電気を各家庭・事業所に届ける)の3部門に分けた方が合理的でしょう。送電会社は送電施設の建設・管理・維持を担い、どの発電事業者に対しても同じ価格で送電することにするわけです。既存の電力会社は、自然エネルギーによる発電は電圧や周波数が不安定で「安定供給」ができない、と主張していますが、IT技術を活用して安定化させるスマートグリッドと呼ばれる次世代送配電システムは技術的には実用レベルにあるとされます。地球環境の観点から見ても、電力はすでに独占すべきものではありません。

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