さて、多神教的な、八百万の神々のこの国で、何故か一神教へ間違って暴
走したのはどうしてだろう?

原子力立国と言う国家が抱く「亡国の妄想」に関して・・・


多くの原子力関係者=推進派は実に合理的な(理屈っぽいというか)彼ら
は概して高学歴の理系の人たちである。

科学は実験室の中で限定された条件で確実に動くように設定された条件下
で働くようになっている。そして、それは一点の曇りもなく合理的なのだ。

そして、プルトンやウラヌスと言う神に魅入られた彼らは、その神々に帰
依する。構造的には殆ど変わらない。有益な電力と言う恩恵と自分の仕事
と言う恩恵がもたらされると言う事なのだろうが・・・。

これは、オウム真理教の教団の幹部となってサリンをつくり地下鉄サリン
事件を起こした多くの人たちが最高学府である大学のそれも理系の英才た
ちだったと言うのも何かに通ったものに見える。

一方、反対派の多くは理屈っぽくはない。概してそのもともとの原理が原
爆と言う強大な破壊力に起因するものとしては漠たる恐怖を持っている。
これを推進派は非合理的であると笑う。

しかし、理屈で説明できるから安全だと言うのものオカシイ・・・。心情
的な反対派を論理的な賛成推進派は馬鹿だからこいつらには解らないのだ
という見下した態度も垣間見える。

または一神教への帰依

理由は、現実は実験室の中の様にはなっていないからだ。しかし、その設
定条件を超えた場合は、こういう風に答えるらしい・・。

曰く「想定外」

事故と言うものは殆ど想定外である。想定されているなら事故などは起き
えない。つまり、私たちの知らないことは一杯ある訳だ。全知全能の神で
はない訳だから私たち人間は知っていること以外は知りえていないという
ことなのだけど・・・。

自分たちは一生懸命やってるから免責されると思ってるのだろうか・・・。
だとしたらそれは驕りとしか言いようがないのでは?

自己責任論を展開するのが大好きな彼らに君らは本当に責任を取り得るの
かと聞けば、それは事実不可能であると答えるしか無かろう。しかし、そ
の危険性は限りなく小さいので無視しうると言う論理の展開をして、それ
より便益がはるかに大きいというのが常なのだ。

しかし、多寡が電気を作るのに核分裂反応を熱源にしてお湯を沸かしそれ
で蒸気を作ってタービンを回すと言う、前近代的でいささか乱暴な方法を
用いると言うのもこの時代に合ってはスマートとは言い難く思える。

理由は・・・。二段階にわたる変換工程を必要とする効率の悪さ・・・。
そもそも燃料と言う限られた資源を必要とするから・・・。それは資源で
ある限り、どこか品位の高いところから持ってくる以外になく、その価格
は自分たちで決める事は出来ない。

一方の自然エネルギーの大元の燃料価格は無料だ。

燃料が無料であるという利点は大きなアドバンテージである。しかし、こ
のアドバンテージは市場原理を採用する限りは現世代に作用しない。

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